トイレに現れた早撃ちガンマン
僕の勤務する会社はオフィスビルのとある部屋を借りている形だ。トイレは共有スペースにあり、用を足すたびに部屋を出て同じフロアのトイレに向かう。
その日も僕は共有のトイレで用を足そうとしていた。体に溜まった老廃物を排出したところで、隣の個室に誰かが入る音が聞こえた。
隣の個室も洋式だったっけ、と考えていると隣の誰かが便座に腰掛けた。
ああ、洋式だったのかと思いかけた瞬間、隣からバリッ!ズルズルゥという音が飛び込んできた。まだ彼が便座に腰掛けてから3秒も経っていない。
ウソだろ…?速すぎる……
信じられないスピード感に驚いてしまったが、ハッと我に返り自分のすべきことを思い出す。
そうだ…拭かなきゃ……!
ウォシュレットのスイッチに手を伸ばす。
ピピッ!!
トイレにウォシュレットの動く音が2つ、同時に響いた。タイミングはほぼ同時。
僕の中に競争心のようなものが生まれていた。というのも、僕は用を足すのが早いという自負がそれなりにあったのだ。
サッと出してサッと出る。それが僕の生きてきた31年間で培ったちっぽけなプライドだった。誰だか知らないが、隣のやつより早く出なくては。
ウォシュレットのムーブを押し、同時に自分の尻も器用に動かす。汚れていると思われる部分に的確にお湯を当てる。
どうだ、これが僕のテクニックだ!
しかし、急いては事を仕損じるとはよく言ったもので、焦った僕はすぐにトイレットペーパーに手をかけてしまった。ウォシュレットを止めて尻を拭く。ペーパーにはまだ吹き残しがあった。クソッ、やり直しだ。
ウォシュレットのボタンを押し、再び尻を動かし始めたところで隣の個室が開く音がした。
隣の彼はウォシュレットの使用から出ていくまでにかかった時間も非常に速く、体感ではあるが個室に入ってから出ていくまでに1分半もかかっていなかった。
呆然としてしまった。こんなにも用を足すのが速い男がいるとは夢にも思わなかった。僕は速さにそれなりの自信を持っていたが、なんてことはないちっぽけな井の中の蛙だった。
既にトイレを出ていってしまった姿も見てすらいない男に畏敬の念を抱く。
叶うならば追いかけて質問をしたかった。そのスピード・テクニックはいったいどこで身につけたんですか、と。
そうすると、きっと彼は一言だけ、こともなげに答えるのだろう。
トイレ、と。